行ってきました。Sphery Rendezvous in 京セラドーム大阪2days。
心の準備を追い越した初日、
— シコウサクゴロー2nd(10/4 RAB日本武道館) (@shikousakugoro4) 2024年9月29日
ふってわいた魔法の2日目。
最高でした。#SpheryRendezvous pic.twitter.com/PQPvN5h3C4
色々と言いたいこと、開場までのすべてのレポも書きたいのですが、
自分の記憶が薄くなる前に"あの曲"の話をしたい。
そう思い、一旦その話をさせていただこうと思いました。
※以下、ネタバレかつ100%私個人の主観、そして個人の思想でまとめた感想が書かれております。制作者の意思と混同させないようあらかじめご了承ください。
ライブ中盤、無線で伝えられるような"-Mayday,Mayday."という音声が流れ、会場には"星の鳥"が流れ始める。
ホームシック衛星ではOP、GOLD GRIDER TOURでは恥ずかし島からメインステージに戻る時に流れたがメインステージを離れるときに流れたのはおそらく初めて。
そこから"メーデー"がorbital periodと同じ流れで演奏される。
ライブを盛り上げる曲としてOP、ライブ中盤、アンコールなどで度々演奏されたが、今年のTOUR『ホームシック衛星』では久々にチャマからの「オイ!オイ!」という煽りが無かった。
それは当時のリバイバルツアーだったからかなと思っていたが、今回もチャマからの煽りは一切なかった。『なんでなんだろう、リバイバルツアーじゃないんだから煽ってもいいだろうに』と思った。
曲も終わり、拍手も落ち着き、静寂に戻る。
ヒロのアルペジオが鳴る。
一瞬『なんの曲だっけ』と脳内のBUMPのイントロを思い返す。
・・・"レム"だ。
AL『ユグドラシル』の中でも異彩を放つ一曲。
たしか今までで一回も披露されたことが無かった。それが今回突然披露された。
藤くんがアルバム発売から20年の時を経て歌う声は当時と何ら変わらず、淡々と、冷酷に、語るように歌い始めた。
"レクイエム(=鎮魂歌)"を意味するタイトル、レム。
(楽曲の意図は過去のインタビューなどを再構築し、まとめた鳥のつぶやきさんの記事を読んで欲しい。)
あぁ、今ツアーにおける"Smile"なんだな、と僕は解釈した。
2011年、東日本大震災復興応援として作られたSmile。バラエティ自粛、連日の会見・報道、錯綜する情報、日々増える死亡者・・・そんな中作られたSmile。
2024年、元日に起こった大地震。すぐに減った報道、報道番組で地震について一切触れなかった総理、出動により命を無くした海保機の5名、ボランティアばかり募集する県知事・・・僕個人の意見でしかないが、この情報に対しての怒りや悲しみの混じった絶望感は未だに残っている。その絶望感にこの曲は共感してくれているような気がした。
弾き語りのような形で収録されている"レム"はライブでは"Smile"や"流れ星の正体"の終盤のように中盤突然バンドサウンドになる。
照明は真っ赤。照らされる中で演奏する真っ赤な4人に対してスクリーンに映し出された4人は色相が真逆の緑色。亡くなった人たちや今なお被災地で生き続ける人々の「血」がまるで無いもののように扱われていることの比喩に思えた(何度も言っているが個人の主観である)。
涙が止めどなく流れ続けながら思ったのは"メーデー"の意味。
響く救難信号
助けを求める"メーデー"はあの時からいる被災者の気持ちを込めたのだろうか。
だから煽ったりせず、"盛り上がる曲"という形での披露をしなかったのだろうか・・・。
最後のサビはバンドサウンドのまま歌われた。
誰かが呟いた 「気付いてしまった」
慌ててこっそり逃げた それも気付かれたぞ
今の藤くんが唄う"誰か"は誰なんだろうか。
当時のままなのか、変わったのか。
何も知ることの出来ないまま曲は終わっていく。
とても重たい"レム"が終わった後、二日間共にチャマは過去一番といっていいほどゆるいMCをした。そのギャップが強すぎてフォロワーの中で「サイコパスに見えたw」という意見もあった。
多分この曲を歌うことは藤君にとってとても神経を擦り減らすのだろう。実際演奏終了後しばらく藤くんはマイクの場所から離れていた。そのインターバルと次の"SOUVENIR"へに向け流れを変えるためだと解釈した。あそこで"レム"の流れを断ち切らないと次に進めない、だからチャマはあんなに素っ頓狂なMCをしたんだと思う。
それでも"レム"を歌う理由があったのだと思う。Twitter(現X)上では「懐かしい曲をやった!」「アレンジ変わってたね!」「意外だった~!」という意見ばかりで自分の考察はばかばかしいものだったのかなと思うばかりだった。
それでも。もし超クソキモオタ的外れ考察であっても。
『僕はあの曲を・あの演出をこう捉え、心が震え、号泣しながら、あの場所で聴けたことを嬉しく思いました。』
という気持ちを大事にするためにここに残しておくことにします。